2月7日付けの 北國新聞で石田屋三代目、田中和昭が石田屋の歴史と歩みをその人生とともに語りました。
「良いものを長く」創業以来変わらずに持ち続けている信念と、それに伴って始めた石田屋の新しい試みを紹介しています。
布団の真髄ここにあり
一月に二週間ばかりドイツに行ってきた。いつものように羽毛布団に使う羽毛を仕入れるだけでなく、
今回はもう一つ大きな目的があった。古くなった羽毛を打ち直して新しくする機会を買うためである。
「ヨーロッパの店がやってるように羽毛のリフォームをしてみたいんですよ。
新しい商品を売るより儲かりませんけど」
良いものは長く
良いものは長く使う。羽毛で試みようとしていることを父の昭一氏は木綿でやってきた。
大正時代からの綿屋であり、布団といえば綿と相場が決まっていた。
朝早くから起きて父は工場で綿を打ち、母が布団を仕立てていた。高度経済成長期と歩調を合わせて
ポリエステルの布団がどんどん市場に出てきても、「木綿は呼吸する。肌にも一番良い」と父は製綿工場を守った。
大学の四年間、「おやじにいわれ、絶対に行かないかんかった」という名古屋の布団メーカーでアルバイトに
励んだが、丁稚奉公に行く代わりの修行と心得ていた。
そうして大学を卒業して戻ってくると金沢の店を任された。
父が土地を買って用意していてくれたものだった。
客が選り抜く
気に入った生地がない時には自分で手掛ける。東北や桐生を訪ね、
少しの量でも模様や風合いを要望どおりに作ってくれる織物業者を探す。
「自分が本当に気に入ったものを売っていると全国から人が来る」
素材、そして商品を選り抜けば、顧客から選り抜かれるようになる。そんな思いがますます強まっている。
(北國新聞2004年2月7日記事本文中より抜粋)











