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| ▼石田屋が扱っているジョン・ケリーの家具と、羽田さんはどのように知り合われたのですか。 |
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| 1999年1月ドイツのケルンで毎年開かれている国際家具見本市に行ったときに、ジョン・ケリーが出品していて、初めて彼の作品を見たんですね。日本人の建築に通ずるものを感じたので、とても印象に残ったんです。その年の11月東京国際家具見本市で、私がお世話になっている株式会社ナガイが提携していたイタリアの家具を出展していて、そのコーディネイトの仕事を担当していましたところ、我々のブースのすぐ近くにジョン・ケリーが出展しているではありませんか。 |
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| はい。ジョン・ケリー本人にも初めて会いました。彼は、日本での輸入元を探していたので、ナガイの社長と私とで話をし、互いに一致することがあまりにも多いのに驚いたくらいです。家具に対する考え、住まいについての考え、売り方についての考えなどが共通していました。それで、ジョン・ケリーの家具の取り扱いが始まり、そのショールームとしてこのザ・シグネチャー・ストアが誕生したんです。運命的といえますね。 |
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青山の閑静な住宅街の一角に洒落た空間を構える。
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| 2000年の東京国際家具見本市でジョン・ケリーの家具を出展した際に知り合ったのです。「とにかく気に入ったのでショールームが見たい」とおっしゃって、わざわざ訪ねてこられたのです。後で知ったことですが、石田屋の田中専務は時を同じくしてケルンや東京の見本市で彼の家具を見、一目惚れをしたとのことでした。全国でジョン・ケリーを販売してくれる家具屋さんを探していましたが、考えや思いが一致する家具屋さんは少なく、そんな中で布団屋さんが取り扱いたいと言っていただいたことや、田中専務のジョン・ケリーの家具への愛着を感じたことなので、取り扱いが決まったのです。 |
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| ▼考えが一致するところであれば、家具屋にはこだわってなかったのですね。 |
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| そうです。ジョン・ケリーは本来建築家ですが、93年に自分の家具を発表しました。彼は、家具が一つ一つ集まることで一つのストーリーを奏でる、という考えを持った人で、家具が配置されて空間が連続し、使う人によってあたかも小説のような話が出来上がっていくものだといっています。同じ家具でも使う人によってストーリーは違ってきますね。 |
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| ▼そのために、このようなシンプルなデザインになっているのですか? |
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| そういえますね。シンプルでシャープです。タテとヨコの線だけで構成されているでしょ。よけいな装飾をそぎ落としています。他の家具、例えばアールの入った家具や違う素材の家具を彼の家具と同じにおいても調和するんですね。つまり、ストーリーが出来上がっていくんです。 |
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