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(奈良市在住)
現代的な感覚のなかに、日本人が大切にしてきた華やかな美意識がとけこんだちょっとおしゃれな、麻布の生活小物。奈良市郊外に、その工房を訪ねてみました。


「井上さんの作るものには、華がある」

石田屋の三代目、田中和昭はいう。綿、格子、唐草、あるいは正倉院紋様。極めて古典的な柄のなかに、あでやかさと現代のニュアンスが見事に調和している。「布」とは本来、麻を表す。その昔、綿や絹は貴人だけが纏う特別なもので、多くの人々が日常着や寝具に利用したのは、すべて麻であったからだ。麻織物は女たちの農閑期の手仕事として、今も日本各地の山里に伝わっている。

そうした麻織物のなかで、高級なものを「上布」と呼ぶ。とりわけ奈良上布は、利休が茶巾に用いるに最上と賞賛した上布のなかの上布だった。麻糸を灰汁で晒して天日に干し、白くする高度な技術は、「奈良ざらし」と呼ばれて珍重された。

田中和昭が華を感じると評したのは、「奈良ざらし」の伝統を活かして、ランチョンマットや暖簾、バッグなどをデザイン・プロデュースする工房「井上企画・幡」の商品のことだ。オーナーの井上千鶴さんは、奈良上布を扱う問屋に生まれた。

「小さいころから布に囲まれた暮らしをし、麻の感覚が体にしみついていたのかもしれません。結婚して、子どもが中学生になって、何か始めようとした時に、ふと、麻のことが頭をよぎりました」最初は麻の小物を取り扱うクラフトショップを開業し、商売が軌道に乗ると、やがて売るだけでは飽き足らなくなって自ら製作に携わるようになった。
   

 
 
 
 
 
 
 


「日本の美と言うと、侘び寂びばかりが尊ばれる風潮がありますが、奈良時代や桃山時代の華やかな美の世界も、本来日本人が持っているものだと思う。私が作っているのは、家のなかを少しだけおしゃれにしたい、日常生活にちょっとセンスアップしたいと思う女性たちに向けた生活小物。でもそんなものづくりのなかに、日本古来の精神的なものを息づかせていきたいと考えているんです」

井上さんの工房で行われているのは、単なるデザインではない。糸の色から配色、柄、製品化までを総合的にプランニングするのである。例えば色ひとつとっても、開房当初は13色だったものが、今はピンクだけでも10色以上に及ぶ。しかもどの色も、時代にあわせて微妙に変遷を繰り返している。時代に迎合してはいないが、時代の空気を感じさせるなにかが、一枚の麻暖簾に、バッグに、確かに感じとれる。

「私のところのスタッフは、生まれも年代もさまざまですが、殆どが女性。この仕事は女性の才能を生かせる仕事じゃないかと思っているんです」

おだやかな口調のなかにも、この仕事に対する真摯な姿勢と自負とが見え隠れしていた。考えてみれば元来、麻の仕事は、女の仕事だったのだ。女が、女のために作り出す、やさしさ、ぬくもり。一枚の布に託されたさまざまな思いに、女なら、魅了されずにはいられない。
   

 [2000年4月20日発行・季刊誌金澤No.10号]
「幡」の製品は、石田屋にも各種そろっている。
カタログもあるので取り寄せも可能だ。